とっておきの同情
	 
	「トリックオアトリート」
	 言うや否や手のひらを差し出すデンジに、ヒカリは全くひるまずカバンから飴玉を一つ取り出した。ヒカリは、「そんなことだろうと思いました」と笑う。きょとん、と目を真ん丸くしたのはデンジのほうだった。用件は伏せ灯台に来いとだけ伝えたのだが、まさかお菓子を持参してくるとは思っていなかったのだ。
	「……飴かよ」
	 本当に言いたい言葉を飲み込んで、デンジは苦々しく呟いた。手のひらに乗せられた飴玉。包み紙は紫色とオレンジ色だが、中の飴は緑色をしているため一体何味なのかはわからない。
	「その飴、期間限定商品なんですよ」
	「ふーん……」
	「そういう限定商品ってなんか欲しくなっちゃいますよね。他にも色々と買っちゃいました」
	 ヒカリはカバンの中のお菓子をベンチに順々に並べてみせた。チョコレート、クッキー、飴、ガム、パンプキンのタルト、さつまいもロールケーキ等など……。どれもハロウィンを連想させる、可愛らしいパッケージになっている。見ているだけで胸焼けがした。
	「こんなに買ってきてどうするんだよ」
	 今にも吐きそうな声でデンジが言った。お前バカじゃん? というニュアンスが込められている。
	 しかしヒカリは飄々と「皆に配ります」と答えた。
	「この後勝負所に顔出して、来ている人に配ります。あとバトルフロンティアにも行きます。夜はリーグにも顔を出す予定です」
	「あっそ。お忙しいこってす」
	 ヒカリは苦笑してデンジに渡した飴玉と同じものを口に含んだ。それじゃあ、と手を振って忙しなく去っていった。
	 残されたデンジは宙に目をやり今日一日の予定を思い出そうとしたが、相も変わらず自分はすっからかんのスケジュールだった。せっかく呼び出したヒカリはさっさと行ってしまうし、なんだかため息がこぼれた。飴玉はマスカット味だった。
	「ハロウィン関係ねえじゃん」
	 
	END